『山で死んではいけない』 (本)

この冬は雪が多くて奥多摩などの近場の山も歩くことができませんでした。その代わりと言ってはなんですが、「遭難」関連の本を家で読み漁っていました。どの本でも、近頃の中高年の登山ブーム(私もその一人ですが)に乗って、山での遭難は中高年が激増しているとの結論で、警鐘やら、励ましやら、皮肉やら・・・・が書かれていますので、読んでいるとだんだん山へ登るの気持ちも後ろめたく感じてしまいます。
もっとも、今一番登山者が多いのは中高年世代ですから、遭難の比率も比例して多くなるのは当たり前のことですが。

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中高年の「日本百名山」ブームはすごいですね。日本の「百名山」に登るのにいくらかかると思いますか? 2003年の近畿ツーリストの「百名山」ツアーで700万円だそうです。今では1000万円? これなら旅行業者も登山が格好の商売になるでしょうね。反面、粗悪な旅行業者にあたると、登山ツアーでトムラウシ山のようにガイドも含めた9人が凍死する事件が起きるのもうなずけることですが。

確かに歳をとると、体力落ちて気力だけで登っていることなどあって、自分でも“落ちたなー”ってわかりますが、どんな低い山でも一度あの登頂の達成感を味わうと“また登ろう”という気になるのは、山は麻薬みたいなものですね。この本には主要な山岳地図があって、過去の遭難の現場が地図上にプロットされいます。“へえ、こんなところで?”と思う場所もあります。年代別、遭難の原因、負傷・死亡、などの2009年までですが記録もあり大変参考になります。

遭難しない秘訣は「山に登らないこと」ですが、これは逆説ですね。自動車事故を起こさない秘訣は車に乗らないことと同じかな? ともあれ私の登る山はアルプスとかいった高山でなく「低山」ですから、それなりに注意して登ればなんとかなると思っています。 ただ、低山でも相当の遭難者が出ている事はこの本が教えてくれます。耳学問(眼学問かな?)でも色々な遭難経験を読み聞きして、それを生かし、私の周りの人に迷惑をかけないように努力してます。

<いつかある日>




     原曲:ロジェ・ヂュプラ 訳詞:深田久弥 作曲: 南郷 孝

歌詞は悲しい内容ですが、良い歌ですね~。


本来の原詩のに日本語訳は:

   もしもある日(訳詞:高思明)

もしもある日、山で死ぬことがあったら
ザイルで結ばれあった古い登山仲間の君に
この遺言を託しておく

おふくろに会って伝えてほしい
おれが幸せに死んでいった、と
おふくろがいつも心の中にいたから
苦しむことはなかった、と
おやじには言ってくれ、
おれが一人前の男だった、と
弟には今こそバトンを渡すぞ、と
女房には、おれがいなくなっても生きていけ
おれが彼女なしで山で暮らしたように、と
息子たちにはエタンソン谷の花崗岩におれがつけた
ハーケンの跡をいつの日にかたどってくれ、と

そして君にもお願いがある
愛用のピッケルがむざむざ朽ち果てていくのはいやだ
登山ルートを外れた、どこかひと気のない
見晴らしのいい斜面を選んで
こいつのためだけに小さなケルンを積んで
そこに突き刺してやってくれ
こいつが氷壁に射す朝日の勢いに照り
山稜のかなたを真っ赤に染める夕日に映えるように

そして君にはおれのハンマーが形見だ
これをふるって花崗岩をたたき
岩壁に山稜に響きあう音で
おれの屍を喜びにうち震わせてくれ
さあ行け、おれはいつでも君と一緒だからな

(HP「二木紘三のうた物語」から引用させていただきました。)



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