『夏は来ぬ?』

長い~長い~梅雨が明けて夏が来た。雨、雨、雨の連日でうんざりしていたので、東京に一時帰郷をしてたら、八月一日に梅雨開けの宣言が出た。やれやれ、と思っていたら今度は猛烈な暑さとなり、雨後で湿気があったせいか、蒸し暑くこれまたうんざりする日が続いていた。何しろ気温が34度、へたすると熱中症になりそうな暑さが続くと、あの雨の日が懐かしくなるので、人間とはまったく勝手な生き物だと自分でよくわかった。早速北軽にとんぼ返りして三日が経つ。さすがに家内もこの暑さにお手上げか、今回は単身赴任とならなかった。しかし北軽も朝は19度と低いが、日中は結構蒸し暑くなる。あの夏特有のカラッとした、この写真のような青空にはまだお目にかっかていない。夏が来たことをまだ実感できていない。
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まあ、考え方ひとつで良くも悪くもなるが、幸い伸びきった雑草との戦いにはあまり暑くないのが幸いかもしれない。首にタオル巻き、ボロボロのズボンをはき、長靴を履き、麦わら帽子をかぶり、腰に鎌と剪定ハサミで武装して、今日で三日ガーデニング(?)に余念がなかった。北軽に行くと言うと、現実を知らない近所の奥さん方は “いいわね~”とおっしゃるが、朝の5時に起きて、夕方6時まで働いている。「月月火水木金金」という、戦争中の合言葉を思い出す。まあ、おかげで大体この作業の終わりの目途が立ってきた。せめて汗だくで疲れた体をお湯につかって癒し、今日、鮮やかな艶姿を見せていていた「野甘草(のかんぞう」の花にでも慰めてもらおう。
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夕暮れの風に当たって、ビールをでも飲むのもいいかな~?と思っているが、俺って下戸なんだけどね。

(追記)カラッとした夏が来ないと天に文句を言ったら、今日10日は朝から晴れて青空と、昼には入道雲がもくもくと立ち上った。どうも聞かれていたらしい。やっと夏が来た! 夏が来たぞ~! それに今日は「山の日」だ。ところが午後になって青空が一転にわかに立ち曇り、雷がなり、大雨となった。ガラガラピシャと近くに落雷もあり停電も発生したので、まったく天の神はサービス過剰である。まさしく♪にわかにすぎる夏の雨♪だった。
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夕立後にお空に虹が出たのはいかにも夏が来たことを分からせてくれるおまけ付きであった。

『雨に咲く花』

今日も雨だった。雲り→薄日→雨→大雨→曇り→小雨→雨の繰り返しの日が続く。毎日が憂鬱だ。雨の花というと代表は紫陽花だが、その花は終わりに近いのに梅雨はまだ開けない。「レインリーリー」と呼ばれる花がある。正式名は「ゼフランサス」という花だが、雨が降ると咲く花である。正確に言うと(雨が止んだ後に咲く百合の花}なのだからこう呼ばれているが、正しくは「雨の後に咲く百合」の花だろう。清楚で美しい花である。白い花を咲かせるのがタマススダレでピンク色の花がサフランモドキと呼ばれている。しかしなぜ雨が降ると咲くのだろうと、不思議である。植物はどうして雨や風、晴れなど感じて咲くのだろう、といつも不思議に思う。
《ゼフランサス》
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「雨降り花」といえば、私の田舎では「夏水仙(ナツヅイセン)」の花がそう呼ばれていた。今頃、野原の土手などによく咲いているのを見かける。色はいろいろあるがこの薄いピンク色のそれが私は好きである。
《夏水仙》
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雨に咲く花というと昔の歌がある。そのものズバリ「雨に咲く花」で昭和10年に映画の主題歌としてはやった歌で、関種子が歌っていた(そうだ)。勿論、私は生まれていないから聞いた覚えがないが、昭和35年になって井上ひろしによってリバイバルされヒットした歌でもある。
私がこの歌をよく覚えているのは、1990年にアメリカ映画「愛と悲しみの旅路」で歌わていた歌だったから。この映画は太平洋戦争中に、米国政府によって強制的に砂漠に収容疎開させられた日系人の移民を扱った映画で、当時見て感銘深い映画だった。
《 ♪雨に咲く花 ♪》

雨がびしゃびしゃ降っているのを見ると、いろいろなことを思い出す。

『雨の北軽井沢』

北軽に戻って三日たつが、毎日のように雨が降っている。時にしとしとと、時に雷を伴って大雨に。暑い東京の気候を逃れて、との期待があったが、気温こそ朝は19度と低いが蒸し暑さにはまいっている。湿度は70%から80%Yを越すのだから蒸し暑い理由である。それでも時々は雨も止み、日も照るので念願(?)のガーデニングに励んでいる。ガーデニングというと聞こえはいいが、要するに庭の草取りである。これだけ雨が降ると、草の伸びること甚だしい。日照不足のせいか、今頃食べきれないほど生るミニトマトもまだ青い。梅雨明けは8月に持ち越しか。そろそろ旬となるだろう、トウモロコシの出来具合が気になる。
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今朝も朝4時半、雨の音とカッコウに起こされる。いつもは6時の町の「野ばら」のメロデイで起きるのだが、今日は雨足が強かったせいか。カッコウもまだ南の国に戻っていないらしい。窓から外を眺めると、霧雨の中の浅間山が霞んで見えた。落葉松の緑が濃くなり、前の畑のキャベツはすくすくと育っているようだ。落葉松の林には雨がよく似合う。
「落葉松」 小林英雄作詞作曲

さて、今日は何をしようか? 午前中は雨の予報なので食料を買いだしに行き、ついでにボロボロになった野良着でもコメリで買ってこうよう。

『梅雨の合間に』

東京に戻っても、相変わらずぐずついた天気が続いている。雨の合間を見て、庭の草取りや雑用をこなしているが、今年の梅雨はなかなか終わらないとの予報も出ている。先日、薄日が射していたので、近くの公園を歩いてみた。車で公園脇を通った時に、蓮の花が咲き始めたのに気が付いたので、“たまにはその優雅な姿でも眺めるか・・・”と思って。数は少ないがやはり気品のある「大賀ハス」がいくつか咲いていた。
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昔、千葉県の検見川農場で発掘された遺跡跡から、中学生によって見つけ出されたハスの実3粒が、大賀博士によってが2000年前姿が復活した花と思うと、ひときわ花の逞しさと有難味を感じる。しかし、以前はもっと咲いていた記憶があるが、年々花の数が少なくなってきたことは寂しい。

天気も何とか保っていたので、ついでに裏山に上り、さらに雑木林を下って川にでると、これも珍しいカワセミに出会った。何度か川面に飛んでは魚を狙っている。この鳥を狙っているカメラ愛好家がいるが、なかなかその姿を見せてくれることは少ないので、この日はラッキーだった。
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カワセミは「翡翠」と書く。「清流の宝石」とはよくぞ言ったものだ。

『梅雨前線が居座って・・』

梅雨前線が日本上空に居座って雨の日が続いている。テレビや新聞で見る九州、岐阜、長野などの被害を見るに、目を覆いたくなる光景が広がっている。去年の秋の台風19号の被害を思い出すが、千曲川の沿岸の人々は他人事とは思わないだろうし、いつまた同じ被害が襲ってくるかと戦々恐々の心地がしているのではないだろうか?。台風19号の通過した後で、北軽から上田に向かった時、鳥居峠の手前で道の半分が崩れ落ちているのに出会った。それが先日通ってみたらまだそのままで道幅は半分になっていた。国道が、である。あれから半年たっても復旧されていないのに驚いた。あまりにも被害が多かったので、半分でも通れれば復旧は後回しになったのだろか?。
同じ日に上田から東御を回って地蔵峠経由で北軽に戻った。登り口に「大型車は通行禁止」とあったので、どこか崩壊・崩落しているのか、と思って恐る恐る通ったが、特にそんな気配もなく峠に到着した。しばらく峠一面に咲く、満開のレンゲツツジの花を眺めてゆっくり鹿沢に下りてきたら、いたるところ道路が崩壊して片道通行個所が六ケ所あった。さすがに復旧工事をしていたが、この道がこんなに脆く崩れるとは知らなかった。あの日ここを通つたら大変な事故にあっていただろうに。改めて自然の恐ろしさを知らされ思いがした。
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今週も来週も雨だという。時々雲間から月が覗く日もあったが、一体いつになったらカラッと晴れた青空を眺められるのだろうか?

北軽には、青空とカラマツ林を通り抜ける風が似合うのだが。