『富士山という思い出』

山を登っていたり、散歩の合間にふと富士山の姿を見つけると“おお富士山だ!”と何となく嬉しくなり、儲けたような気になったりする。幸いなことに、東京のわが家から裏山の多摩丘陵に登れば、丹沢山系の「蛭が岳」の右手に富士山の一部は眺められる。冬の晴れた日には、ことさら神々しい姿が見られるが、西に近づくにつれて山頂だけしか見えなくなる。むしろ遠く北に離れた「狭山湖」あたりが全体の姿が見えているようだ。
《裏山からの富士山》
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富士山は遠く、東は三重県、北は福島県ありまでその姿が見えるという。関東に住んでいればどこからでもその姿を見つけられる。家内は静岡が故郷なので、実家の裏山の茶畑から雲に霞んだ富士山が見てきたという。
私が富士山を初めて見たのは何時のことだろう、と思い出してみると、小学生のころ父に連れられて汽車に乗って初めて上京した時、大宮駅を過ぎるころ、地平線の向こうに夕日に映えた富士山の小さな姿が見たのが初めてだったと思う。

「芙蓉の嶺」と形容されるように、やはり独立峰の富士山は姿が綺麗である。東南アジアの出張の折は、必ず飛行機の右手の窓際に席をとり、窓から富士山の山頂を眺めたものだった。帰国時はその逆だが、富士の姿を見ると“ああ帰ってきた”という気になったものだ。
故郷の富士と言われる山は北の「利尻富士」かた南の「開聞岳」まで数多くあるが、海外にも「xx富士」と日本人から名付けられた山を私も何か所か見た。記憶に深く残っているはグアテマラの「アグア山(3776m)」である。飛行場から出てすぐに麗々しく大きな姿を眺めて、“なんと富士山に似ていることか”と思ったものだった。
《アグア山》
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メキシコの「ポポカトペトル山」(5426m)も富士の姿をしてるが。隣にイスクワシワトル山があるので、その分、富士のイメージには少し離れてるかの知れない。何時だったかメキシコシテーについたとき、なんと噴火している赤い山の姿を見て、今でもその時の驚愕の景色を覚えていいる。「ポポ山」はその後も噴火を今でも繰り返しているという。
《ポポカトペトル山》
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《ポポカトペトル山(右)とイスクワシワトル山(左)はこのように並んでいる》
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以下の三首の短歌は、メキシコにいた時に知り合ったWさんの奥様の短歌です。異国にあっては富士はやはり心の山なのです。
        空高く聳え立たるポポの山 アナクワの地を見守る如く
        夕暮れにくっきり浮かぶポポの山 瞼にうつる富士と並びて
        海山を遠くへだてしメキシコに 富士と見まごう山を見むとは

国内では尾瀬の「燧岳」から眺めた富士の姿が忘れられない。そう言えば燧岳は福島県だ。一番遠い姿かな? さらに北の「磐梯山」あたりからでも富士は見えるのだろうか?
北軽井沢からも富士は見える。但し「浅間隠山」に登れば、ではあるが。こうして多くの場所からその姿を眺められ、歌に、絵画に残された山は富士山くらいしかないだろう。幸せな山である。これからも、散歩や、登山の際に私たちを楽しませてくれるだろう。 感謝!
 
(注)「アグア山」の写真はウイキペデアからの引用です。

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