ガーデナーという種族は

”春になると、いやおうなしに、園芸家は庭におびき出される。スープのスプーンを置くが早いか、素晴らしい青空に尻を突き出して小さい花壇で早くもめいめい何か始めている。暖まった土のかたまりを指でもみつぶしているかと思うと、もう別のところに行って、風や雪にさらされてぼろぼろになった、貴重な去年の堆肥を根元に漉き込んでいる”。
この文章はチェコの作家、カレル・チャペックの書いた「園芸家12ヶ月」の一節ですが、まったくガーデナーというのは熱中すると雨が降っても、雪が舞ってもかまわず小さな庭を駈けずり廻っている種族です。身近にそんな種族がいると、食事さえ定時には出てこず、出てきても残り物のオンパレードになってきます。まあ、まったく判らないでもありませんが。何しろ11月から約半年待ちに待ったのですから。ほんの猫の額のような土地に、あれも植えよう、これも植えようと頑張るので、仕舞いには何がなんだか本人も判らなくなっているようです。強い植物は、他の地所の植物の中に臆面もなく潜り込むし、高価な花は、まるで貴婦人のようにか弱く,水だ日光だ肥料だと手間がかかるし・・・日なか雑草を取るのに紫外線にさらされて顔は真っ黒になっている。それらを解決して、やっと花が咲いても、一日で散ってしまう花もあるし、どうでも良い花は庭に居座って中々どかないし、まったく人間の世界とどっこいどっこいである。そして、こうしてあくせく動いているうちに気がつくと、いつしか秋が来てる。”そして庭が雪の下に沈んでしまった今頃になって、急に園芸家は思い出す。たった一つ、忘れたことがあったのを。--それは庭を眺めることだ”。
まったく、チャペック先生の指摘は的を得ています。世界中どこでもガーデナーの本質は変わらないようだ。

中央公論文庫から出ているカレル・チャペックの「園芸家12カ月」。ヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」(草思社)もありますが、こちらは哲学的。”庭仕事は瞑想である!”など書いてある。

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春先早くから黙っていても咲いてくれる「だいこん草」。こういう花が好きだな~。
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