『越上山から顔振峠へ』

東京に戻っても、秋雨前線が居座って、連日のように雨、雨、雨・・・だったが、昨日は雨の中休み。“体がなまっても・“”と思い、気になっていた「越上山(おがみやま=567m)」に登ってきた。「越上山」は奥武蔵の一角にある小さな山。この山を知ったのは「顔振峠」という、茨木のり子の一遍の詩がきっかけだった。
    
      美しい風景にみとれて
      顔をふりふり落ちのびていった
      義経のためにこの名がついている峠
      伝説をそのままやさしく抱きとって
      秩父連山を眺める
      山腹に風影(フカゲ)というひとかたまりの部落


「顔振峠(こうぶりとうげ)」ってどこにあるのだろうと調べたら、西武秩父線の「吾野駅」から4kmほど山を上ったところだった。ついでに、この峠の近くの山を探して、この「越上山」を知った。「顔振峠」は詩にあるように、昔義経主従が奥州に落ちのびさいに通った峠で、秩父の山々の風景があまりにも美しかったので、何度も何度も振り返って眺めた、との伝説が残っている峠。

今では立派な林道が通って、昔の面影は全くと言っていいほどない車でも行ける峠だが、ここから見る秩父の山並みの眺めは、義経の時代と変わりがないであろうと思い、特に「風影(ふかげ)」という美しい名前の山上集落をこの目で見て見たかった。

《「顔振峠」からの眺め。生憎雲が出てきて「義経」がいうほどの景色ではなかったが・・》
画像


《峠からの見る「風影(ふかげ)」の山上部落》
画像


どうせ「越上山」に登るなら、少し大回りして、これも古い歴史を持つ山上集落「ユガテ」を通ってみたかった。なんでも昔は温泉が天を目指して噴出していたから、この名がついたとされる。

「東吾野駅」」に降り立ったら、週日でもあるのに大勢のハイキング者がたむろしている。なんでも西武鉄道主催のハイキング会があるとのことで納得した。それを後目に国道299号を横切って、案内図に従って山あい道に入ってゆく。すぐに「福徳寺」という寺に出、境内を通り、細い山道に入っていった。古道で「飛脚道」というらしい。

《福徳寺の立派な建物。国の重要建築物とある》
画像


登り始めはいつでもキツイ。田舎の裏山の登り道のようだが、朝日のまぶしい杉林の中の道をいっきに登ると「橋本山」という見晴らしのよいところに出た。秩父の山々が眺められ、とりわけ「武甲山」の三角のピークが目立つ。この辺で、ハイキングの参加者に追い抜かれ始めたが、彼らは山に慣れているのか健脚だ。ここからは上がって下がっての繰り返しだが、概して平坦。すぐに「ユデガ」の集落に着いた。

こんな山奥に立派な畑と農家がある。300年前からの続く農家もあるというから、昔からの山上集落だったのだろう。今では広い林道が集落の傍を通って車も入ってくる。昔とは雲泥の差があろう。

《ユデガの集落のベンチでちょっと休憩。ハイキング参加者も一息入れてる》
画像


ここから道を間違えた。ハイキング大会の案内標識になんとなく従って林道を歩いていたら、大きな岩のある場所に出た。「天文岩」とあって基に何かを祭ってある。事前のメモでは「エビガ坂」に出るはずだが・・。

《「天文岩」。道を間違えたおかげで見られた大岩》
画像


画像


仕方なく来た道を戻って、「エビガ坂」への標識を見つけ、山を登っていった。それからは、大小の山を何度も上り下りして、ただひたすら前に進んだ。「鎌北湖」への分岐を二度過ぎ、林道に数度出てはまた山を上り下りすることの繰り返し。「一本杉峠」からは、やっと巻き道となり、出発から3時間歩いて「越上山」への登山口を見つけ、ほっとした。後で考えると迷った林道をそのまま歩けば山の上り下りもなく、もっと楽だっただろう。まあ、体力つけるのが今回の二次目的であったから、反省はなかったが。

「越上山」への上りは急登だがすぐに頂上につく。大きな岩を乗り越えると三角点と山頂票が出迎えてくれるが、狭く眺望もない面白くもない山頂である。手前の杉林が切れ、「越生」の街並みが見えるところで、女性2人がお昼を食べていたので、私も見習って一息入れた。時計を見たら12時を少し過ぎていた。

《山頂手前の大岩を乗り越える》
画像

《山頂。何んの見晴らしもない》
画像


あとはひたすらに「顔振峠」を目指す。立派な建物の「諏訪神社」を通り「狛犬」に挨拶し、少し進むと「林道」にぶつかる。林道と言っても舗装された二車線の、何か深山のイメージが損なわれるような公道である。10分も歩くとお目当ての「顔振峠」に出るが、頭で描いていたイメージが壊れる現世的な「峠」であった。

今まで「峠」はあちこちで見てきたが、林道の延伸につれて、どこもここも峠のイメージを壊してゆく。「顔振峠」もそうであった・・。峠から見渡せる秩父や奥多摩の山々の眺めは変わらないし、風影(フカゲ)の部落も建物こそ新しくなったが、その面影を残していた。しかし車が行き交って、飲料水の自動販売機が並んでいる峠は私の「峠」ではない。詩人、茨木のり子は何時この峠に立ったのだろうか?

画像


「峠」からは「黒山三滝」まで下ろうかと思っていたが、なんだか空模様も怪しくなってきたし、なんとなく気が抜けて、後はひたすら4kmの山道(「ふれいの道」の一部であった)を「吾野駅」まで下りて行った。上りの電車はがら空きだった。

今回の山歩きはあまり面白くなかったけれど、歩いた距離は後で測ってみたら18Km。体力保持には十分だった。 さて次はどこに行こう。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

面白い
ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック