『雪明りの路』 (本・歌)

『雪明りの路』は、伊藤 整が21歳の時に自費出版した詩集です。伊藤 整は小樽市の郊外の塩谷村で思春期を過ごしましたが、その詩からにじみ出る抒情性と彼の感性が素晴らしく、私も若いころには愛読した詩集です。
ただ、残念ながら今ではこの詩集を読むには古本屋で探すしかありません。

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詩集の初めに:

  "雪明りをよく知り、永久に其処を辿るあの人々に、私は之等の詩編を捧げる"

とのあるように、小樽の自然と、彼の青春が詠われています。私は詩を読んで、その詩の中に出てくる「忍路(おしょろ)」や「蘭島(らんしま)」という地名にもあこがれたものです。

小樽をよく知る友人のYさんによると、"何もないところだよ" とのことですが、一度は行ってみたいと思って半世紀過ぎてしまいました。(笑い)

    『忍路(おしょろ)』

     谷にそうて
     枯れた林の傍をのめるように直滑降してから
     僕たちは雪を蹴立てて
     次ぎつぎに jumping stop した。
     そして目の下に
     吹雪の忍路の村を覗いた。
     また暑い八月には
     紺の海を 小舟に帆を張って 
     まっしぐらに
     静かな忍路の湾にのり入れた。
     月夜にはよく足駄がけで歩いて通った。
     忍路は蘭島から峠を越したところ   
     僕の村からも帆走できるところ。
     そこに頬のあわい まなざしの佳い人があって
     浜風のなでしこのようであったが。

この「なでしこのような佳い人」との恋愛は、彼の自叙伝的小説「若い詩人の肖像」に詳しく述べられていますが、彼の詩を有名にしたのは、作曲家「多田武彦」の男声合唱組曲 「吹雪の街を」 かもしれません。この組曲は「雪明りの路」の詩から、かの女性ともう一人の女性への想いの詩を抜き出して、一つの物語にしたものです。

したがって組曲も:

      「忍路」
      「またの月夜」
      「夏になれば」
      「秋の恋びと」
      「夜の霧」
      「吹雪の街を」

から構成されており、最後の「吹雪の街を」の章では

      歩いて来たよ 吹雪の街を。

      言い出さねば
      それで忘れたのだと思っているのか
      ゆかりも無かったといえば
      今更泣いても見たいのか。
      
      ああ今宵吹雪が灯にみだれる街。

      女心のあやしさ
      いつかは妻となり 母となるべき身だのに
      いずれ別れる若い日なのに
      さりげなく言ってみないか。
      その美しい日に思ったことを
      そのまなざしで思ったことを。
      ああ譬えよもなく慕わしかった
      十九の年にみた乙女。

      ああ吹雪はまつ毛の涙となる。

       私はいつまでも覚えているのに。
      十九の年にみた乙女のまなざしを
      私はいつまでも忘れずにいるのに。

と、女性との別れで結んでいます。多田武彦は伊藤整の詩のみならず、多くの詩人の詩から組曲を創っています。どれも私が好きな合唱曲ですが、とりわけ八木重吉の詩からの「雨」、草野心平の「富士山」、北原白秋の「柳川風俗詩」を好んで聴いています。

なぜ、こんな「雪明りの路」を、思い出したようにブログで取り上げたかといいますと、実はこの日曜日に地元の男性合唱団の演奏会があり、聴いてきたからです。若かったころ読んだ詩のことを懐かしく思い出してしまったからです。 ええ、この「吹雪の街を」もプログラムの中にありました。

今日、また寒冷前線が南下し、東京は昼間でも5度Cまでしか上がりませんでした。
北海道では、今日もこの詩のように吹雪いていることでしょう。

北軽井沢も、今夜もしんしんと雪が降り積もっておるのでしょう。

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