山の版画家 畦地梅太郎

版画家、畦地梅太郎(あぜち うめたろう)のアトリエが東京・町田市にあることは知りませんでした。今は彼の息子さんが家を継いで「あとりえ う」となっていることを新聞で知り、早速訪れてみました。と言うのも、彼の山の著書「山の眼玉」が「山と渓谷社」より再刊されたことを記念してこのアトリエで原画の企画展を開いている、と知ったからです。下の版画を見ていただければ、どなたでもこの独特の彼の作品を一度は見ており、記憶に残っているかと思います。私も彼の版画は好きで、良く展覧会等では見させていただきましたが、版画もそうですが、何しろ彼の文章が好きでした。と言っても「山の眼玉」位しか読んでいませんが、素朴で、静かで、飾り気のない文章で山への愛情がとつとつとして綴られています。

《彼の代表作「白い山男》
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「あとりえ う」は小田急線・鶴川駅から10分位の静かな住宅街にありました。奥様と息子さんの住まいの裏手にアトリエがあり、そこが今回の会場になっていました。入口奥の門標が良い! 彼の作品のタイル画で飾った門標があり、小道は萩の花が植えられた赴きのあるアプローチです。住居とは別に奥に和風の建物があり、そこが旧アトリエで、狭い空間ですが彼の作品と、それまでの生活を思わせる数々の小物・愛用品が所狭しと並んでいます。絵もそうですが、これらの小物が愛らしく、一つ一つ眺めていても飽きがきません。

《「あとりえ う」のアプローチの門標》
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《旧アトリエの中の作品展示の様子》
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氏の奥様とちょっとだけ話す機会がありました。
奥様は“彼は山が好きで山に行ってはその山行きを思い出しては作品にしていたが、一番好きな山は生まれ故郷の「石鎚山(=いしずちさん)」で次は「浅間山」だった”と聞いて私も嬉しくなりました。“浅間山は何度も行って、一日中飽きずに眺めていた”ようです。“火山が好きで、阿蘇山なども登っており、一ヶ月も家に帰らなかったこともあると。その間、隣の火事の延焼防止で家が水浸しになって連絡を取ろうにも取れず苦労した”とか。“素朴な無口な田舎人だったので、周りの人は誰も彼が画家であるとは気が付かなかった”と笑っておられました。

展覧会等で絵画ばかり見ても作家の人柄は一部しかわかりません。本を読んで少しだけ人となりが判るようになります。が、こうしてアトリエに立ってみると、その作品がもう少し良く理解できるように感じました。
そんなわけで、今日は有意義な一日でした。

ちなみに再販された本「山の眼玉」は:
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です。

「あとりえ う」での《企画展:「登る山・記す山・描く山」》の展示は12月23日までやっています。

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