絹の道

東京・多摩地方には昔からの道、いわゆる「古道」が多くあります。先に触れた「よこやまの道」は”赤駒を山野に放し捕りかにて 多摩の横山徒歩ゆか遣らむ”(宇遅部黒女:万葉集 20巻4417)の如く詠まれた万葉集に出てくる道ですし、「鎌倉街道」はその名の通り”いざ、鎌倉・・・”の関東に住む鎌倉幕府の要人が駆けつけた鎌倉時代からの道です。今日歩いた「絹の道」(八王子市・鑓水地区)は安政六年(1859年)に横浜港が開港して以来、鉄道が普及される明治の初めまで、当時の貴重な輸出品であった生糸を八王子近郊は元より、長野・山梨・群馬から運んだ道です。最も「絹の道」は後の時代に付けられら名で、当時は「浜街道」と呼ばれていたようで、これは「鎌倉街道」と一部が重なっております。現在は「絹の道」の石碑と、全く平凡な道しか残っていませんが、この古道の途中に「絹の道資料館」があり、その当時の街道の賑わいと、絹糸を扱う生糸商人がこの鑓水地方に居をかまえ、大きな商いを行っていた様子がわかります。今は、都市化の波によって、周りは新興の住宅や遠く高層住宅が眺められる風景になりましたが、この付近のみは昔の面影を残す里山となって、歩いていての気持ちの良い道でした。

何の変哲もない「絹の道」の登り。
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道の入り口付近に「絹の道資料館」がひっそりとあり、入れば(無料)当時の「絹の道」の概要がわかります。
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資料館の近くにあった「蛍の郷」の看板。”何か!?”と思って近づいたら大きな蛍の模型だった。奇抜!
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坂を登りきった処にある、唯一「絹の道」とわかる道標。
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