”忠治地蔵”

国道を離れて、裏道というか旧街道を走っていると、面白いものに出会うことがあります。「東吾妻町」 から榛名山の麓を迂回するようにして、「権田」を通り「高崎」にでる旧街道(今の県道58号線)がそれです。昔はここを通って江戸から草津や遠く信州の善光寺参りをした人も多かったのかも知れません。その為に人の出入りはうるさかったのか、街道の途中に「大戸」の関所跡があります。”ちょっと寄ってみようか”とは思ったのですが、なにか関所のレプリカのような建物があるだけなのでパス。しばらく行くと左手に大きな桜の大木があり、なにやら合羽を纏った地蔵さんが立っています。これが”忠治地蔵”でした。言わずと知れた、群馬県の有名人の「国定忠治」の地蔵様でした。奇抜か恰好をしているので、車を降りて眺めることにしました。ここは”国定忠治が処刑された跡で、彼の冥福を祈って地蔵が建てられた”との説明文言が書かれています。「国定忠治」に関しては、私は詳しく知りませんが、義賊だったとか、博打打ちの親分だったとか、いろいろの話しが残っていますが、私は新国劇や映画・講談で有名になった話ししか知りません。いわゆる”赤城の山も今宵限り・・・”と言った名台詞の話しです。実話か物語かは別として実在の人物で、本名は「長岡忠次郎」。生地は上州佐位郡、国定村の出で「国定忠治」と呼ばれた江戸時代の侠客だそうです。随分と人を殺したり、幕府の役人と争ったりしてあちこち逃げ廻ったようですが、この地で捉えられ、処刑されたようです(尤も大戸の少し先に又「国定忠治処刑の跡」というのがあり、松が一本立っていますが)。それにしても、この地蔵は「忠治」のトレードマークの三度笠を被り、合羽を着ていますので、私のイメージにあって似合っています。満開の桜の木に下で見たら、つい線香でも上げたくなるかもしれません。上州人はこういった犯罪人も地蔵にして供養するのですかね。そういえば、昔TVで流行った「木枯し紋次郎」も上州が舞台でした。日本人の義理・人情を研究するには恰好の人物かも知れないと思いつつ、又桜の頃通ってみようかと思っています。

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